10月8日に京野アートクリニック高輪院主催の市民公開講座「がんでもママパパ」が開催されました。
当院へ妊孕性温存でかかられている方はもちろん、他院で治療中の方、医療関係者の方にお集まりいただきました。
妊孕性温存は現在広まりつつあるものの、未だに様々な格差があるのが実情です。
正確な情報を知らないという方、知っていても選べない方、医療機関における方針の差、クォリティの差がそこかしこにあります。
次回のがん生殖医療学会でもテーマに上がっている「均てん化」というテーマがありますが、これは平均的にという意味ではなく、世界水準の医療が日本全国で受けれるようにすることではないかと当院では考えております。
日本における妊孕性温存の実情
そうした背景を踏まえつつ、まずは当院の理事長の京野より日本における妊孕性温存の実情を紹介させていただきました。
女性の妊孕性温存については、卵子凍結・受精卵凍結・卵巣凍結があり、日本は卵子凍結・受精卵凍結については、実施数もクォリティも世界TOPクラスと考えられています。しかも、日本全国に100を超える施設があり、一部に未整備地域はありますが、隣県まで行けば、そうした高水準の治療を受けることができる施設も多数あります。
一方で、卵巣組織凍結については、やはり現時点ではまだまだ世界と比べて遅れを取っているといえます。
世界的にはイスラエルのDror.Meirow先生、アメリカのSherman Silber 先生などが報告されていますが、従来禁忌とされてきた白血病患者さんへの卵巣組織移植で3名の出産報告もなされており、
目を見張る速度で適応の拡大、研究・実践が進められています。
日本と世界との間の大きな差は主に、卵巣組織凍結には受精卵凍結・卵子凍結と異なる専用の凍結法「緩慢凍結法」が現在世界のスタンダードであることが関係しています。日本の凍結実施施設の大半は、ガラス化凍結という方法をとっており、これは先の受精着床学会でも研究報告されているように、凍結過程において、組織の剥離が起こってしまうなどの懸念点が報告されています。実際に日本ではまだ出産報告例がありません。長期的には、ガラス化凍結による卵巣組織凍結ができるようになるのは望ましいと言えなくはないですが、世界の実績から考えても、現時点では標準的な手法とは言えません。
受精着床学会のレポートはこちらから
「卵巣組織凍結における凍結方法と新たな研究について」
https://ivf-kyono.com/column/post-1902/
加えてこのように日本では受精卵凍結・卵子凍結の延長線で卵巣組織凍結が考えられているために、凍結可能な施設が全国で30を超えています。これでは、専門技術の習得・レベルアップをしていくにも数が分散してしまい、一向にレベルが高まらない可能性があります。
そうした背景と共に当院のHOPE(日本卵巣組織保存センター)についての活動を紹介いたしました。
妊孕性温存を希望する患者さんへの心理社会的支援
続いては当院のがん・生殖医療専門心理士である菅谷から、当院における心理社会的な支援活動について紹介させていただきました。妊孕性温存を検討する時点の患者さんの状況は、重い病であることを受け止めること、その治療をうけることへの覚悟、そして未来にある妊娠・出産というとても長いスパンかつ両極端な事象を同時に考えなければいけません。これだけでもとても大変な意思決定が求められます。また、実際に温存をして、その後の治療が進んでいくにつれ、いきなり妊娠ということにチャレンジするだけでなく、仕事のこと、生活のこと、パートナーのこと、お金のことなどライフスタイルの様々な点を現実的に考えていくことになります。
そうしたこと話をできる中長期的なパートナーとして、当院ではカウンセラーや医師、看護師、相談員が活動しています。
患者支援団体の活動
全国骨髄バンク推進連絡協議会 顧問の大谷貴子さんはご自身が白血病のサバイバーであり、この妊孕性温存の患者支援団体としては、日本でも初、そして最も長く活動されている一人です。
今でこそ、がん治療の副作用によって妊孕性が損なわれる可能性があることをがん治療医の先生方は告知する義務がありますが、大谷さんが活動を始められた当時は、そのような考え方はなく、むしろ患者さんを悩ませて命を縮めているというような非難もあったというお話には驚きを隠しえませんでした。
長い年月を経て、何人もの妊孕性温存の支援、そして出産を目の当たりにされてきた言葉には重みがあり、流していただいた患者さんたちのビデオを見て、涙を流している方も多くいらっしゃいました。
海外の妊孕性温存の最前線
ドイツからお招きしたMarkusMontag先生は、ドイツの妊孕性温存ネットワークであるFertiPROTEKTの共同創設者です。
2006年にその活動を開始され、今では世界でも群を抜いた妊孕性温存の実施、妊娠出産の成功例も多数あります。
国土も人口も比較的似通った両国でもありますので、日本とドイツはしばしば比較されます。
2017年には、年間のカウンセリング件数が約1200例、治療を実施したのが約850例ということで、対象となる若年がん患者さんの6割程度が利用されているということでした。
かたや、日本においては未把握ではありますが、治療実施例も卵巣凍結においては年間に数十件あるかどうかというレベルと考えられています。
FertiPROTEKTでは、ボン、エルラーゲン、デュッセルドルフの3か所に凍結保存センターを集約し、そこに100か所以上の施設から卵巣組織を搬送(Transport)する方法をとっており、凍結方法は緩慢凍結法を採用しています。
2017年のNewEnglandJournalでは130名と言われていた出産例も180例ほどまで急速に増えてきています。
その増加の大きな要因がこのFertiPROTEKTの活動です。
最も驚かれていたのが、こうした質の高い医療を突き詰め、ドイツ全体が協力して活動をしていることで、政府までを動かし、今後卵巣組織凍結が保険でカバーされるようになるというところまで至っているという点でした。
英語でのプレゼンテーションであったため、一般の方々にとっては難解なところも多少ありましたが、彼のプレゼンテーションが終わった時の会場からの拍手がその素晴らしさを物語っているようでした。
妊孕性温存は、不妊治療と異なり、温存後にそれを体に移植して妊娠にチャレンジするまでに時間を要しますので、すにというわけにはいきませんが、多くの方に正しい情報を届け、今できるベストな治療を実施して、一人でも多くの方が「がんでもママパパ」を体現できるように活動していきたいと思います。
ご参加いただきました皆様、誠に有難うございました!