妊孕性温存とは、化学療法や放射線療法などのがん治療前に卵子・受精卵・卵巣組織を凍結する方法です。
妊孕性温存は初経前後、がん治療までの時間的猶予、既婚/未婚の違いで適応が異なります。
卵巣凍結は「初経前の患者」「治療までの時間的余裕のない方」が適応となります。
卵巣組織の凍結の仕方は、急速に冷やして瞬時に凍結するガラス化法と、ゆっくり冷やして凍結する緩慢凍結法があり、当院は緩慢凍結法を採用しています。
最新の世界のデータでは200例以上の児が凍結卵巣組織を移植した後に生まれていますが、その97%が緩慢凍結法による出産報告となっているからです。
海外の最新の報告では、卵巣組織移植当たりの妊娠率は約37%、出生率は約26%と報告されています。
卵巣凍結のメリットととしては、一度の凍結で「多くの原始卵胞(卵子の元となる細胞)を凍結保存ができる」こと、移植場所にもよりますが「移植後に自然妊娠が可能である」ということが挙げられます。
デメリットとしては、がん細胞の再移入による再発が挙げられます。卵巣組織凍結は、がんの種類によって転移するリスクもあります。生殖医学会のガイドラインでは「凍結する組織に悪性腫瘍がある場合は凍結を行うことは出来ない」と定められております。
当院では、摘出した卵巣の一部を検査会社に提出し、がん細胞の混入がないか検査を行っており、現在までにがん細胞が混入した症例は認めておりません。
これまで当院では30症例の卵巣組織を凍結してきました。凍結時には、原始卵胞(卵子の元になる細胞が含まれた小さな卵胞)が生存しているか、またどれくらい卵巣組織に残っているかなど確認しています。
一般的な例ですと、20歳代の若年性乳がんの患者さん、独身であり、化学療法前の卵巣凍結を希望。血中AMH値(卵巣予備能の指標となるホルモン値)は正常で、多くの原始卵胞が残存する卵巣組織の凍結保存が可能です。
患者様のご家庭やお仕事の都合、体調のことなどもありますが、当院に連絡が入りましたら、卵巣を摘出する提携先病院と連絡を取り、おおよそ10日前後で卵巣凍結を行うことが可能です。
がんの告知を受けてから治療開始までの短期間に、患者様は多くの決定を迫られます。また、その時の精神状態は、混乱もしていますし大きなストレスがかかることも考えられます。そのような中で、的確な判断を行うのは非常に難しいと思います。
当院はオンライン診療を取り入れており、相談員による事前の情報提供を行うことで、患者様が納得して妊孕性温存を望められるように努めております。
近年は医学の進歩に伴い、がんを克服した「がんサバイバー」が増えてきております。
それに伴い、がん治療の副作用による卵巣機能の低下や喪失により将来の妊娠、出産が望めない方々も増えてきております。
当院では1997年から、がん患者が将来自分の子供をもつ可能性を残すために行う、“妊孕性温存”に取り組んでいます。2016年には卵巣組織保存センター(HOPE)を設立し、精子・卵子・受精卵・卵巣組織の妊孕性温存を目的とした凍結保存を積極的に行っております。
がん治療を終えた後の皆様のQOLを向上させられるよう、チーム一丸となり日々精進して参ります。
京野アートクリニック盛岡
中村祐介
参考文献
Marie-Madeleine Dolmans, Michael von Wolff, Catherine Poirot, Cesar Diaz-Garcia, Luciana Cacciottola, Nicolas Boissel, Jana Liebenthron, Antonio Pellicer, Jacques Donnez, Claus Yding Andersen: Transplantation of cryopreserved ovarian tissue in a series of 285 women: a review of five leading European centers. Fertil. Steril., 15(5):1102-1115. 2021.